『読書という荒野』 見城徹

読書という荒野 (NewsPicks Book)

幻冬社の社長でもある見城さんの、読書についてのエッセイ的な内容。


見城さんについては、色々と出されている本を読んできたこともあり、ある程度は知っていた。その見城さんが「読書」というものに対して、どういう考え持ち、どのような読書法を使っているのだろうか? というのがこの本を読むキッカケだった。


しかし内容は結構自分の期待を裏切ってくれた。
読書法という小手先のノウハウではなく、この本に書かれているのは読書の本質である。

 

読書の意味とは、自分1人の人生では経験できないことを味わい自分の問題として捉え直し、他者への想像力を磨く点にある


それを、見城さんの人生のストーリーを語りつつ、そこに絡む読書というものについて語っていてくれる。見城さんが読んできた本。そして編集者になり出会ってきた作家たちのことなどなど。


幻冬社の社長の本なので、当然ビジネス書より小説に傾倒しており、そこについては自分はあまり手に出さない分野でもあるので、読んでいて新鮮な部分もあった
なお自分のように小説ををあまり読まない人にオススメな作家も紹介されていた

 

小説を読む面白さと醍醐味を求めるのなら、百田尚樹東野圭吾宮部みゆき北方謙三高村薫は読んでみるべきだ。確固たる世界を構築している作家の作品に触れることで、世界や人間の本質を体感できる。

 

ここ数年はほとんど小説は読んでいないのですが、この本を読んで、文芸書も読んでみようかなと思いました。特に石原慎太郎が若い頃に書いた本は気になりました。

 

 

以下は読んでいた気になった所

 


よく僕は「圧倒的努力をしろ」と言う。「圧倒的努力ってどういうことですか」と聞かれるけれど、圧倒的努力とはそういうことだ。人が寝ているときに眠らないこと。人が休んでいる時に休まないこと。どこから始めていいかわからない、手がつけられないくらい膨大な仕事を一つひとつ片付けて全部やるきること。それが圧倒的努力だ。

 

僕は常々言っているのだが、感想こそ人間関係の最初の1歩である。結局、相手と関係を切り結ぼうと思うなら、その人のやっている仕事に対して、感想を言わなければだめなのだ。しかも「よかったですよ」「面白かった」程度では感想とは言えない。その感想が、仕事をしている本人も気づいていないことを気づかせたり、次の仕事の示唆となるような刺激を与えたりしなければいけない。

 

表現とは結局自己救済なのだから、自己救済の必要がない中途半端に生きている人の元には優れた表現は生まれない。ミドルは何も生み出さない。想像力は、圧倒的に持つ者と、圧倒的に持たざる者の頭の中にこそ生まれるのである。

 

読書の意味とは、自分1人の人生では経験できないことを味わい自分の問題として捉え直し、他者への想像力を磨く点にある

 


言葉はそれほどまでに重いものである。夢や希望や成功と言う言葉を使えるだけ、自分は考えられているか。そのことを問い直し、もし考え抜いていないと思ったら、思考する言葉を手に入れて欲しい。それは読書を通じて手に入れられるはずだ。

 

自己検証する。自己指定する。それを、繰り返し、繰り返し、自己嫌悪との葛藤の末に自分の言葉を獲得する。その言葉で、思考して、思考して、思考をし切る。その格闘の末に、最後の最後、自己肯定して救いのない世界から立ち上がる。認識者から実践者になる。暗闇の中でジャンプする。人生を切り開く。読書はそのための最も有効な武器だ。


 

 

読書という荒野 (NewsPicks Book)

読書という荒野 (NewsPicks Book)